西新宿で富士登山!【お散歩日:2024.06.15】
この日は、新宿三角ビルの中の・・・
ん?今自然に三角ビルって書いたけど、正式名称じゃなかったよね?
調べてみたら、新宿住友ビルディングというらしい。
ま、確かに住友ビルとも言ってたよな・・・。
学生の頃、通学に新宿駅を利用していたので、ちょっとその頃の記憶が蘇った。
三角ビルといえば、この吹き抜け。下から見上げると圧巻。(写真じゃうまく表現できないけど!)。
2020年にリニューアルされたそうで、なんだかおしゃれな感じになっていたのです。
ちょっとびっくりした。別にそれまでの三角ビルのなんたるかを知ってたわけじゃないけど。
このビルにある平和祈念展示資料館を訪れたのです。
今、サイトを見たら「帰還者たちの記憶ミュージアム」と名前が変わっていた(愛称が付いている模様)。
戦後の引き揚げ者についてに特化した資料館。
定期的に展示も変わるし、充実してるのでまめに訪れたいかも。
さて、その後は・・・
西新宿の富士塚をみに来ました!こちらが本命。
富士塚、あれこれ巡っているくせに、来そびれていたなあ。
その富士塚があるのは、成子天神社。
天神だから、まあ、菅原さんですよね。
境内にこんな案内板が。
記録によれば、江戸に幕府を開いた徳川家は、元和年間(1615〜24)に美濃の国真桑村から農民を呼び寄せ、当鳴子と府中の是政村(現在の府中市)に御用畑を設け、マクワウリを栽培させました。
マクワウリは根が浅く、土の乾燥に弱いので、土に湿り気のある神田川流域の当地は適地でした。
元禄11年(1698)新宿に宿場が開かれたため、栽培は次第に盛んとなり、当時、四谷ウリとか、この地域が鳴子坂と呼ばれていたので、鳴子ウリと呼ばれ、明治にいたるまで特産地として栄えました。
鳴子ウリは長さ四寸(12cm)で、太さは元で一・八寸(約5.4cm)。末で二寸(6cm)余りの小型のウリで、外観は緑色で表面に細い緑のすじがあり、熟すと甘い香りと共に黄色く色付く。果肉は緑色で甘味に富んで、当時は甘い物が少なかったので水菓子として貴重な野菜でした。
へええ、甘いウリか。メロンみたいなのかな。食べてみたいな。
あ、猫様もいました。
んで、力石があります。
名前が刻まれている、「虎松・喜太郎・亀治郎・市蔵」の4人は村の力持ちだったのかな。
富士山は境内の奥!
高層ビルに囲まれた・・・
大正九年(一九二〇)八月に、成子天神社境内にあった天神山という小山に富士山の溶岩を配して築かれたもので、区内で最後に築かれた富士塚です。高さは約十二メートルあり、区内では最大規模となっています。塚の北側には浅山神社の小祠があります。
高士塚は、江戸時代中期より、江戸庶民の間で盛んになった富士信仰の遺跡です。同業者を中心に
富士講が組織され、神社の境内に模造富士を築いて崇拝しました。
成子天神社の富士塚は、柏木・角筈地域(現在の北新宿・西新宿)の人々を中心に組織された丸藤成子講が奉祀していたもので、最盛期には約二〇〇名の講員がいましたが、現在は活出していません。
大正9年。作られたのも新しいのかー。
新宿区内で作られた最後の富士塚がこれだとしたら、日本全体ではどこでいつなんだろ?
(この場合、最後=最新になるのが面白い)
門があったけど、解放されてる模様。
入りますよ〜。
通路以外は立ち入り禁止。はい。承知しました!
山頂も見えるよ。
けっこう険しいなあ。
ヤバそうなところには手すり設置。
山頂に近づくにつれて、さらに険しく・・・。
あれ、途中、●合目みたいな道標はなかったような?見落としてたかな。
もうまもなく、
山頂に到達しました!!
上から見下ろす。高いよね。
新宿区内では、最も高い12メートル。
ん?最も高い富士塚はどこなんだろう?今度番付でも作ってみようかなあ。
あら。真上に飛行機。
降りてきて気づいたこの看板。
私、小さいお子様じゃないし、ギリギリ高齢でもないし、身体に不自由はないからよかったよね?
帰りますかね。
境内脇の、煮込みうどん大名なべ中陣って気になるんですけど。
煮込みうどんはともかく、大名なべって何?
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