台東区

吉原へ行くよ~!!着いたよ【お散歩日:2022.04.30】

山谷堀の上をてくてく歩き、ついに吉原に到着です!

これがかの有名な見返り柳

まあ、パラダイスから出てきて現実に戻るのを思うとつい振り返りたくなるんでしょうなあ・・・。
金で買ったパラダイスですがね。

大門はこの柳の角を曲がった先で、

道がカーブしてます。
なんでも、通りから吉原の中が見えないように・・なんだって。

道がまっすぐになったところに、大門跡。

仲之町通りを進む。

周囲はまあ、なんかねえ。。。花魁物語なんて名前の店もあるのねえ。
昼間だから気にせず歩けるけど。

どんな名前の店があるのか調べたら面白いかも。

吉原エリア内には旧町名についての案内がいくつか見られました。

路地がイイ感じ!
またゆっくり来てみたい。

途中、吉原神社があります。http://yoshiwarajinja.tokyo-jinjacho.or.jp/index.html

この地図、すごいな!!
明治から昭和までの吉原内の地図。屋号もきっちり出ています。
販売しているそうですが、ちょっとお小遣いが足りず・・・買えなかった人です・・・。

仲之町通りを抜けて、遊郭外に出ると、またくねくね道に。
整地されていない農道から成っているとのことかな。

通りを渡ったところにある区立花園公園
親子連れが集ってました。

この吉原という街、地元の子供たちは街の歴史を学校でどのように教わっているのだろう?
小学校の時って、地域の歴史みたいなこと学ぶ授業あるよね?
気になるな。

その近くにある弁天池跡地
ここが有名であるのは、やはり関東大震災での悲劇の地だからかな。
先ほどの吉原神社の飛び地でもあります。

境内にある吉原観音
関東大震災の火事から、ここの弁天池に逃れてきた吉原の遊女や近隣の多くの人々が、溺死したそう。
この観音はその人々の霊を弔うために大正15年に造立されたとあります。

敷地奥に、社殿。壁に鮮やかな絵が。

社殿正面。
敷地の関係上、後ろに下がれなかったのでこんな至近距離撮影になってしまった・・・。

鈴の緒に鈴がびっしりついてる!

小さいながらも、鯉のいる池があります。
弁天といえば池がつきものですものね。

ちなみに、元の池は昭和30年代初期に埋め立てられたそう。この池はその残りなのかな。新しいものなのかな?

お、平成24年に修復されてるんだ!
しかも、この目黒錦鯉センターって私知ってる!ウチの近所にあるわ。
鯉も奉納されたんだ。

境内に、大きめの案内板があって、いろいろ「資料」が貼られてました。
さっきの絵は芸大生が描いたのか。

↑これの下の写真は大正3年の花魁道中だって。

きれいなお姉さんだわ・・・。

上の写真を見ると、弁天池、かなり大きいのがわかりますね。

下段には震災後、吉原が受けた非難について書かれてます。
火災が発生した時、娼妓たちがどさくさに紛れて逃亡するのを防ぐため、大門を閉じたために犠牲者が増えたと言われてたんですね。

これについては、当時でも論争があったようで・・・

現場にも事実無根の流言であり、迷惑していると立て札が出されていたとのこと。

私の実家に関東大震災についての記録写真集があって、それにも遊女は逃げることを許されず、手遅れになって大勢犠牲になった」とあったので、私もそれを信じてましたよ。

弁財天全景。右手奥に見えるNTTの敷地一帯が池のあった場所だそうです。

さ、帰ろう。

通りがかりになんか、興味深いお店を見つけました!
調べてみたら、甘味処(甘味処 三島屋)。

入ってみたいなあ。

さらに進みまして、また素晴らしい外観の建物が!!

酒屋さん(水上酒本店)だそう。

今日は入谷駅から帰りました。

お散歩まとめ

今回歩いたマップです。
3部分まとめて。

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